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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)273号 判決 1984年4月26日

原告

株式会社リコー

被告

キャノン株式会社

主文

特許庁が昭和51年審判第13280号事件について昭和56年9月11日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「電子写真複写装置の転写材分離機構」とする発明についての特許第787、715号(昭和44年12月12日出願、昭和50年9月16日登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。

原告は、昭和51年12月14日被告を被請求人として本件特許につき無効審判の請求をしたところ、昭和51年審判第13280号事件として審理されたが、昭和56年9月11日「本件審判の請求は成り立たない」との審決があり、その謄本は同月30日原告に送達された。

(なお本件特許につき、昭和54年7月24日被告から明細書の、発明の詳細な説明欄中の明瞭でない点と誤記に関する点について訂正審判の請求があり、昭和54年審判第8847号事件として審理されたが、昭和55年11月13日訂正をすべき旨の審決があり、同年12月10日確定した。)

2  本件特許発明の要旨

1 静電像を有する感光体、静電像を転写材に転写する手段、転写後前記感光体と転写材とを分離するための回転ローラ及びその回転ローラと前記感光体の間に張架され、且つ前記回転ローラとの間に転写材の画像部を外れた側端部を挟持するように圧接して配設された分離ベルトを有する電子写真複写装置の転写材分離機構。

2 転写ローラの前方からそのローラと感光体との接触点に向つて分離ベルトを圧接して張り、転写ローラの直後に感光体の移動速度よりも速い周速の回転分離ローラを設けて前記分離ベルトを180度以内の接触角を以て感光体から遠ざかる方向に転向させ、感光体と転写ローラの間に送られる転写材の画像部を外れた側端部を前記分離ベルトにより感光体に接触させないで回転分離ローラに導くことを特徴とする電子写真複写装置の転写材分離機構。

3  静電像を有する感光体、静電像を転写材に転写する手段、転写後前記感光体と転写材とを分離するための回転ローラ及びその回転ローラと前記感光体の間に張架され、且つ前記回転ローラとの間に転写材の画像部を外れた側端部を挟持するように圧接して配設された分離ベルトを有し、分離された転写材と感光体との間の楔状空間の近傍に向つて微風を吹きつけて分離を促進することを特徴とする電子写真複写装置の転写材分離機構。

(別紙1参照)

3  審決理由の要点

本件特許発明の要旨は前項記載のとおりである。

請求人(原告)は、フランス特許第1,044,043号明細書(以下「第1引用例」という。)、実公昭45―20862号公報(以下「第2引用例」という。)、昭和35年9月15日産業図書株式会社発行、伊藤亮次編「印刷技術一般」第279頁、第280頁(以下「第3引用例」という。)を提出して、本件特許発明は第1引用例又は第3引用例に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項に該当し、また、本件特許発明は第2引用例の考案と同一であるから特許法第39条第3項に該当するので、本件特許は無効にされるべきであると、主張しているので、まず、前項1の発明(以下「本件発明」という。)について、これらの主張を検討する。

ⅰ  第1引用例には、ローラ11とステンシル12を保持するローラ10との間にゆる目のテープ8を挟持し、このテープ8をほぼ水平方向に設けたプーリー5により案内し印刷用シートをテープ8とローラ11との間に挿入してローラ10、11間で印刷するものが記載されている。そして、ローラ10、11間を通過したシートは、テープ8の、ローラ10、11とプーリー5の間で水平となつた部分により、ステンシルから自動的に分離し案内されるものであり、第3図によれば、ローラ10、11の両軸はほぼ垂直平面内に存在するものと認められる。

本件発明と第1引用例記載のものとを対比すると、第1引用例のシート、ローラ11、テープ8は本件発明の転写材、回転ローラ、分離ベルトにそれぞれ対応するから、両者はシートの分離機構としてシートをベルトとローラとの間で挟持する構成を共に有するものであるが、本件発明は回転ローラにベルトを圧接する(その結果接触角αが生じる)ことによりシートをベルトとローラ間で挟持するものであるのに対して、第1引用例のものはローラ10、11間でベルト(テープ8)を圧接することによりシートをベルトとローラ間で挟持するものである。換言すれば、第1引用例のものにおけるローラ11とベルトの間におけるシートの挟持作用はローラ10による圧接作用の存在を条件としている(すなわち接触角0である)のに対して、本件発明では回転ローラとベルトによりシートを挟持圧接するものである。このように、本件発明は回転ローラにベルトを圧接することにより接触角αを生ぜしめシートを回転ローラの周面に沿つて接触角αの範囲で挟持しながら感光ドラムから分離するのに対して第1引用例のものはシートをテープ8に沿つて誘導しその結果シートをステンシルから分離するものであるから、両者の分離作用は別個のものであり、その結果本件発明のほうが電子写真感光ドラムに静電気力により強力に吸着されているシートを確実に分離できるという顕著な効果を有する。

したがつて、本件発明は第1引用例に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたということはできない。

ⅱ  第3引用例には、印刷機の紙送り装置において、紙を圧胴の周面に沿つて送るために圧胴の周面で部分的に重つて無端状に循環する上下二本の紐を設け、これらの紐が圧胴から離れる位置に紙取り胴を設けて紙を誘導し、紙は圧胴の周囲で二本の紐に挟まれて運ばれ紐が紙取り胴により誘導されるにともなつて紙も紙取り胴の周面に誘導され、その結果、紙が圧胴の周面から分離されるものが記載されている。(別紙2参照)。

このような構成を本件発明の構成と対応させると第3引用例の圧胴、上紐、紙取り胴が本件発明の感光体、分離ベルト、回転ローラにそれぞれ対応するものである。

しかし、第3引用例の印刷機における圧胴はインクを有する版面との間に印刷用紙を介在させて紙を支えるものであるから、紙と圧胴との間には付着力が作用しないものであつて、下紐は紙を圧胴周囲から離れないようにして案内するものである。

このように、紙取り胴はもともと圧胴から離れようとする紙を上紐と共に圧胴から転向させる作用を有するにとどまり、その結果紙を分離させるものであつて、本件発明の回転ローラのように感光体に静電的に吸着されている転写材を強制的に分離するものではない。

すなわち、本件発明と第3引用例のものとは紙の分離以前の状態における付着力の有無という点で大きな差異があるから、両者の分離作用は全く異なつているものであり、このような差異は、本件発明が電子写真複写装置の転写材分離機構であるのに対して、第3引用例のものは印刷機の紙送り機構であるということに起因する。

したがつて、本件発明は第3引用例に記載された発明から当業者が容易に発明することができたとはいえない。

ⅲ  第2引用例は、昭和42年1月17日に昭和42年実用新案登録願第4296号として出願されたものであつて、その考案の要旨は、実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの、「ドラムに密着して転写紙に転写を行う電子写真複写機において、ドラム周面のベルトを掛ける部品に該ベルトの厚みだけ一段低くなした環状の段部を形成し、該環状段部に沿つてドラムの両側に掛けた一対のエンドレスベルトの一部をドラム面からループ状に誘導して離間せしめ、別に設けた他の一対のエンドレスベルトをして、転写部を臨設したドラム面からループ状部分にわたつて前記ベルトと密接並進するように架設して転写紙の両側端部を前記両ベルト間で挟持し、転写部を経由してループ状の誘導部分に導致するように構成した電子写真複写機の剥離装置。」にある。

本件発明と第2引用例の考案とを対比すると、本件発明は分離ベルトにより転写材を回転ローラに圧接して挟持するのに対して第2引用例の考案は2本のエンドレスベルトを密接並進するように架設してこの間に転写紙を挟持するようにした点で、両者はまず相違する。そして、本件発明はこのような構成により前述のような接触角αが生じその結果分離ベルトの回転ローラ周面における転写材の圧接挟持作用は強く生じるのに対して、第2引用例の前記構成では単に挟持作用が生ずるだけである。

このように、両者は転写材の分離に関して作用、効果上大きな差異があるから同一のものと認められない。

以上のように、本件発明についての請求人の主張は採用できないものであり、また、前項2及び3の発明は本件発明の構成にさらに「感光体の移動速度よりも速い周速の分離ローラ」及び「分離された転写材と感光体との間の楔状空間の近傍に向つて微風を吹きつける」構成を付加するものであるから、これらの発明についての請求人の主張もすべて採用できない。

4  審決取消事由

審決の判断のうち、第1引用例、第2引用例に関する点(前項ⅰ、ⅲの点)は争わないが、第3引用例について、そこに記載された発明においても、圧胴(本件発明の感光体1に相当)と紙(本件発明の転写材Pに相当)との間に、圧胴による紙の搬送、押圧工程の際、静電気が発生するものであつて、上紐(本件発明の分離ベルト5に相当)が紙を強制的に分離することにおいて、本件発明と目的、課題、作用効果を同じくするのに、これを看過し、これから本件発明を容易に発明することができないとしたのは、判断を誤つたものであり、本件審決は違法として取消されねばならない。

すなわち、第3引用例に示された印刷機の圧胴には、その下側に版盤が位置し、紙は圧胴によりこの版盤の版面まで運ばれ、ここで版面に強い力で押圧されて印刷が行われる。圧胴は通常電気の不良導体であるゴム弾性体により被覆されている。一般に紙は絶縁性であり、摩擦や圧力がかかると静電気が発生し易い。特に、前記のように紙が圧胴により強く押圧される場合、圧胴自体もゴムでカバーされているため、両者の間に静電気が発生することは技術常識である。したがつて、圧胴のゴム弾性体と紙との間には、圧胴による紙の搬送と前記の押圧工程との際に静電気が発生し、この静電気に起因する吸着作用が生ずる。この吸着作用はかなり強力なものであり、紙は強制的に分離されねば圧胴より剥がすことができない。

右のように印刷機には静電気が発生して印刷作業を阻害する程の著しい静電吸着作用が生ずること、及びその対策として静電除去方法を講ずることが一つの課題であるのが当業者の常識である。

そして第3引用例に示す装置に静電除去方法が施されているとは記載されておらず、仮に静電除去方法が実施されていても、完全なものとはいえないので、いずれにしてもこの装置では、静電吸着力に対処するため強制分離作用を有する分離機構を必要とすることが明らかである。すなわち、感光体に静電的に吸着された転写材を感光体から強制的に分離するという本件発明の課題は、この印刷機にも存在するのである。

第3引用例の紙送り装置においては、圧胴Cに送り込まれた紙は、その側端部を表面上は上紐と下紐とに挟持され、圧胴の回転に従つて版盤の位置を通過し、紙取り胴Eの位置まで連行される。紙の供給位置から紙取り胴Eの位置までの範囲を考えると、この範囲では上紐がないとしても、紙は下紐と圧胴とに挟持されて送られ、また版盤位置におけるインク粘着力に抗しての版面よりの分離も下紐と圧胴との挟持で行われる。換言すれば、この範囲における上紐の役目は、実質上ないといつてよい。紙取り胴Eの位置に達すると、紙は上紐と紙取り胴Eに挟持されて、圧胴より強制分離される。この位置に下紐がないとしても、前記強制分離は上紐と紙取り胴Eとの協働の下に何ら支障なく行われるものであり、したがつてこの位置における下紐の役目は実質上ないといつてよい。ただ設計上、下紐を紙取り胴Eに掛ける構成がとられているために、形式的に上紐と下紐とで紙を挟持する形となつているに過ぎない。

右のように、第3引用例の装置においては、圧胴よりの紙の分離部において上紐と紙取り胴の協働により絶えず分離作用が行われているため、紙が確実に圧胴から分離できるものである。したがつて、第3引用例の装置における圧胴よりの紙分離機構は、明らかに本件発明と同一の作用効果を有する。要するに、本件発明と第3引用例のものとの相違は、前者が電子写真複写装置であるのに対し、後者が印刷機械である点のみである。しかしながら、電子写真複写装置と印刷機械とは、共に同一原稿より複数枚の複写物を得るプリント技術分野に含まれるものであり、両者は多くの交換可能な同種の技術を共通に有する。本件発明の対象となっている感光ドラムからの複写材の分離と印刷機械の圧胴からの紙の分離もその一つである。結局、本件発明は、第3引用例記載の公知の印刷機械における圧胴よりの紙分離機構を、近接した技術分野の電子写真複写装置の転写材分離機構に転用したものに過ぎず、当業者が容易に発明しえたものである。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の取消事由の主張は争う。

審決の第3引用例ついての判断は、次に述べるとおり正当であつて、何ら違法の点はない。

審決が第3引用例について「本件発明の回転ローラのように感光体に静電的に吸着されている転写材を強制的に分離するものではない。」として、「紙と圧胴との間には付着力が作用しないものである。」と認定している付着力は、電子写真複写装置において特有な静電的吸着作用に基づく付着力の趣旨であることは明らかであり、かかる付着力が第3引用例の印刷機の紙と圧胴との間に作用しないことは、後述するようにその記載並びに技術常識からして明らかであるから、第3引用例記載の紙送り装置において「紙と圧胴との間には付着力が作用しないものである。」との審決における認定は正当であり、原告主張のような判断の誤りはない。

第3引用例は印刷機における紙送り装置を開示するものであるが、この装置について「一般に紙送り装置とは紙差台から圧胴までと、圧胴を出てから紙受台までの間をいうので、これは印刷機中に含まれているのである」、「印刷された紙は両バンドに挟まれて紙取り胴(fly cylinder)Eの所までくると両バンドよりはなれ、」と記載しているから、この印刷機の紙送り装置は、紙差台から送り込まれた紙を上紐と下紐の間に挟んで紙送りを行い、紙受台には両紐から離すことによって送り出すものであると理解される。すなわち、紙の送りは、最初から最後まで上紐と下紐の協働によつて行われているものである。

まず下紐について検討すると、この印刷機における圧胴はインクを有する版面との間に印刷用紙を介在させて紙を支えるものであるから、紙と圧胴との間には付着力が作用しないものであつて、下紐は紙を圧胴周囲から離れないようにして案内するものである。次いで紙取り胴について検討すると、紙取り胴はもともと圧胴から離れようとする紙を上紐と共に圧胴から転向させる作用を有するにとどまり、その結果紙を分離させるものであつて、本件発明の回転ローラのように感光体に静電的に吸着されている転写材を強制的に分離するものではない。

すなわち、本件発明の回転ローラが転写材を強制的に分離するための構成であるのに対し、第3引用例の紙取り胴は紙を転向させる作用を有するにとどまるものである。

以上の如く本件発明が感光体上に静電的に吸着された転写材を回転ローラと分離ベルトとの間に挟持するように圧接して分離する構成であるのに対し、第3引用例記載のものは、上紐と、圧胴から紙が離れないようにする下紐の両者が存在することを必須とし、紙を上紐と下紐の二本の紐に挟み圧胴の周囲に沿つて送り、圧胴から分離する構成であり、紙取り胴も上紐と下紐を誘導転向するための作用をなすにとどまる構成であり、本件発明とは構成上大きな相違を有するものである。

しかも、第3引用例には紙と圧胴との間に静電的吸着力が発生することについての記載は全くない。また原告は、その圧胴は電気不良導体であるゴム弾性体であり、紙も絶縁性であるから静電気が発生する旨主張するが、そこにはこの紙、圧胴の電気特性は勿論、材料についても何ら記載されていない。

もともと、印刷機における紙と圧胴は、これらに積極的な帯電を必要とする性質のものではなく、まして印刷機には静電気除去機を併設することが印刷技術分野における技術常識であることを考え合わせると、原告の前記主張には根拠がなく、本件審決において、本件発明が、感光体に静電的に吸着されている転写材を強制的に分離するものであるとし、第3引用例のものと分離作用が全く異なつている、としたのは当然である。

第4証拠関係

本件記録中書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が主張する審決取消事由の在否について検討する。

成立に争いのない甲第4号証(昭和36年4月30日、共立出版株式会社発行、鎌田彌寿治・伊東亮次監修「凸版製版印刷技術」第264頁ないし第267頁)及び第5号証(昭和46年8月10日、印刷学会出版部発行、山本隆太郎著「印刷科学入門」第137頁ないし第141頁)によれば、各種の印刷機を通じ、紙の性質や印刷の作業過程に伴う加圧、摩擦、切断等を原因として、紙の搬送を妨げる静電気が発生することは不可避の現象であること、そして、その静電気の除去が印刷作業ないし印刷機械の安全で能率的な作動のための問題点の一つであること、そしてまた、静電気除去のために多くの手段が考慮され、多くの努力がされているが、いずれの除去方法においても完全に除くことはできないことは、本件特許の出願時前後を通じ、印刷技術にかんする技術常識であることが認められ、右認定に反する証拠は存しない。

右技術常識によつて成立に争いのない甲第3号証を検討すれば、第3引用例に示された印刷機の紙送り装置においても、紙と圧胴との間に静電的吸着力が発生するものであることが認められ、前掲甲第5号証及び弁論の全趣旨によれば、前記圧胴表面に張設するような弾性体の材質が電気の不良導体であることもたやすく推認されるところであり、被告の主張するように下紐の存在が紙の搬送を支えるにあずかつて作用するものであるとしても、圧胴による紙の加圧の過程を無用にするものでないことは、前記紙送り装置の構造自体から明らかなところである。そして、第3引用例が「印刷技術一般」との標題のもとに編纂された一般的解説書であつて、特に静電気除去について記載がないところからすれば、そこに示された装置も印刷機一般としての静電気除去の対策を問題点として包蔵するものであるとするのが相当である。仮に、被告主張のように静電気除去装置を併設したことを前提とするものであつたとしても(ただし、被告はこの種併設を技術常識とするが、立証がない。)、静電気が完全に除去できるものでないことは前示技術常識の示すところであるから、静電気の残留を無視することはできないものとしなければならない。

そこで成立に争いのない甲第2号証によつて本件発明と第3引用例の前記技術内容と対比としてみると、後者の圧胴に対応する前者の感光体(感光ドラム)に対しては、電子写真複写装置の性質上積極的に帯電させる点で相違するところはあるけれども、強弱の差はあつても、静電的吸着現象が発生する点では同一であり、後者の上紐が紙の分離作用をする点では、構成上対応する前者の分離ベルト(5)と差異がない。そして、後者は、積極的に帯電させたものでなく、かつ、たとい静電除去装置を併設するものであつて静電吸着力が弱いものであるにしても、紙の搬送、排出を正確に行うためには、上紐が静電吸着力に抗して紙を強制的に分離することを技術的課題として当然に伴つているものとしなければならない(下紐の存在は、紙が確実に圧胴に密着して圧胴と共に動くように紙を圧胴に押しつけるものと認められるから、前記技術常識に照らし静電気発生の因となりこそすれ、その案内機構が静電気の発生を防止する機能ないし積極的に排除する機能を備えるものとは到底考えられない。)。

したがつて、本件発明の分離ベルトと、これに構成上対応する第3引用例の上紐とは、強弱の差こそあれ、静電気により吸着されている紙を強制的に分離する作用において、目的、課題、構成、効果を同じくするところがあるものといわなければならない。

そうしてみると、本件発明における感光体、分離ベルト、回転ローラが、構成上、第3引用例のものにおける圧胴、上紐、紙取り胴に対応するものとしながら、両者が紙の分離以前における付着力の有無と分離作用において全く異なるとした審決は、右認定のような紙における静電気発生、吸着現象とその上紐による強制的分離に関する第3引用例のものの有する技術内容を看過したものであつて、結論に影響を及ぼすべき重要な判断の誤りがあるといわねばならず、違法なものとして取消されねばならない。

3  そうすると、審決の取消を求める原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(舟本信光 竹田稔 水野武)

<以下省略>

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